高専生からネットワークインフラ屋になるまでの経緯

この記事は

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の18日目の記事です。

 

高専入学前

高専入学前は、改札機の仕組みに感動を覚えて、メカニックになろうと思って高専に入学しました。

この時はまだ、PCはレポートを作ったり、ゲームするための物位の認識が無く、専攻しようとは思っていませんでした。

 

高専入学後

こんなこと言ったら怒られるけど、とにかく手がけ油で汚れるのがとてつもなく嫌だったので早々に機械系を目指すことを断念したしょぼんおじさんでした...

入学早々岐路に立たされます。自分は何をしていけば良いのだろうと。

 

うちの学校は4年から専門が分かれるので、ずっとクソクソ言っていましたが、入学当初だけはこれに救われた気がします。でもやっぱりあの制度はクソです。

 

そう言えば科学者になりたかったなぁと淡い夢を思い出して、科学に力入れようと思いましたが、実験室のあまりの汚さに堪えきれなくなり、諦めました。

 

意外と潔癖なところが、足枷と成りました。よくとく考えたら、油汚れダメなら科学も土木もダメじゃん、となり情報の道を歩むことになりました。

 

あたし、プログラミングできません。

情報系に切り替え、手始めにプログラミングをはじめましたが、なかなか身に付かない。ポインタ、オブジェクト指向辺りで躓きまくってへこんでいました。

 

幸い、情報系のクラスの雰囲気や仲の良さがあったので、苦手ながらも何とかこなしてきました。

 

得意科目は製図と英語です

さて、そんな状況で4年目にさしかかった頃、転機が訪れます。こんな僕ですが、製図はよく出来るらしく、評点100店を叩き出したりと、イケイケでした。

一時期、Pro/Eを使ってバリバリ3D CADでケースとかモデリングしたり、AutoCADで家をモデリングしたりしていました。しかしながら、結局趣味の領域から出る事はなく終わりました。

 

この頃、遊びでFPSゲームをしていましたが、国内より国外サーバを選ぶ変態だったのですが、その際のボイスチャット、チャットはすべて英語。最初は全く意味が分からなかったのですが、徐々に理解できるようになっていきました。(ほとんどがスラングでしたけど...)

この経験のおかげで、英語を使ったコミュニケーションが非常に好きになりました。おかげで、英語のテストは無勉でも問題無くなりました。若干の意訳癖がついた解答でしたが...

 

俺はサーバ管理者、FreeBSD育ち。やばそうな奴らはだいたい友だち

卒研室配属され、WEBアプリを開発するようになりました。しかし、相変わらずプログラミングは苦手でした。そんな中、WEBアプリを動かすサーバをの構築をすることになりました。

 

FreeBSDを使ってサーバを構築するのですが、これがとても面白い。英語文献を読みながら、Kernel再構築をしてパフォーマンスチューニングする事がこんなに楽しいことだとはある思いも寄りませんでした。

 

そんな中、マイクロソフトさんのキャンペーンで、サーバ機とWindows Server 2008 R2を無償で頂けることとなり、本格的にこの道に進み始めました。

 

高専生がネットワークインフラ屋になるには

残念ながら、観測している限りでは、ネットワークやサーバ等の実演的なカリキュラムは見たことがありません。もちろん、TCP/IPの基礎は授業で習えます。

ただ、理論だけを机上で学ぶだけでは面白さに気付くことは非常に難しいかも知れません。

 

自分は卒研のおかげでその楽しさに気付けましたが、こんなケースは難しいかも知れません。この辺りについて、僕が勉強会開いたり、勉強会の紹介をしていけたらなぁとぼんやり考えています。

 

最後に

遅刻してすいませんでした... 最近はTwitterでネットワークインフラに興味を持っている人をよく観測していたので、つらつらと書いて見ました。